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「推測するな、計測せよ」——ギルドを動かした、データエンジニアの流儀。

「推測するな、計測せよ」——ギルドを動かした、データエンジニアの流儀。

ちゅらデータには、技術的難易度の高いプロジェクトを立ち上げから牽引し、自分の成長だけでなくチーム全体の技術力が底上げされる環境づくりにまで踏み込むベテランがいます。今回お話を伺ったのは、2023年7月に入社したシニアデータエンジニアのnakakenさん。SIerからWeb、そしてデータの領域へとキャリアを広げ続け、いまはデータエンジニアギルドのギルドマスターも務めています。これまでの歩みや働き方、そして「線を引かない」という大切にしている価値観について語っていただきました。

nakaken|シニアデータエンジニア|2023年7月入社
独立系大手SIerの株式会社CSKでキャリアをスタートし、Visual Basic→Java→.NETと幅広い開発言語、OracleやSQL Serverといったデータベースを扱う。その後、名古屋のベンチャー・エイチーム、PayPay、SCSKを経て、2023年7月にちゅらデータへ入社。Webエンジニアからデータエンジニアへと職種を転換し、現在はシニアデータエンジニア兼データエンジニアギルドのギルドマスターとして活躍中。2005年から技術書の執筆活動も続けており、2026年4月の技術書典20では、DATUM STUDIO・ちゅらデータの有志による技術同人誌『dbtとそれにまつわる技術について語ろうじゃないか』(DATUM STUDIO・ちゅらデータ技術書典支部)を頒布。

最初の転機は、「転職できるんだ」という気づきだった

最初に入社したCSKでは、定年まで同じ会社にいるのが当たり前だと思っていました。その考えが変わったのが、社外のIT勉強会に参加したときです。

そこでベンチャー企業で働く人たちと初めて出会って、「一般のユーザーが直接触れるWebサービスを作ってみたい」「いわゆるキラキラしたオフィスで働いてみたい」という気持ちが芽生えたんです。「転職できるんだ」と気づけたこと——それが自分にとっては一番大きな転機でした。

勉強会で特に影響を受けたのは、名古屋でオープンソースの普及活動をしていた、年上の大学教授の方でした。技術者を集めてイベントを開き、その後の飲み会で活発に語り合う。そうやって会社の枠を超えて人と人とがつながる場を大切にしている姿を見て、「異業種とつながることがきっかけになるんだな」と感じました。当時、東京以外ではまだ珍しい動きだったと思います。

お客様のためから、自分たちのために作る面白さへ

エイチームのような事業会社に移って感じたのは、システムを作る目的の違いでした。受託では「お客様のため」に作りますが、事業会社では「自分たちのビジネスのため」に作る。お互いの認識を擦り合わせる手順が要らないぶん、自由に、スピード感を持って開発できる面白さがありました。

エイチームでは、課金システムやユーザー管理基盤といった土台のシステム開発から、3ヶ月でゼロから自転車のオンラインサイトを立ち上げるようなことまで、幅広く経験しました。このときに身につけたAWSのスキルは、後に技術書を書くときにも役立っています。

2005年から続く、執筆という“もう一つの仕事”

技術書の執筆は、CSK時代の2005年ごろに始まりました。きっかけは、DB系の記事を書いていた同僚からの紹介で、編集者にMicrosoftの開発系の記事を頼まれたこと。突然の依頼でしたが、面白そうだと思ってチャレンジしてみたんです。そのときの編集者の方とは、今でも執筆関連でお世話になっています。

書くペースは1年〜1年半かけて一冊を書き上げ、数年空けてまた次へ、という感じです。モチベーションは企画段階が一番高くて、書き始めると正直しんどい(笑)。でも、原稿を書き上げて校正の段階になると、また次の本のアイデアが出てくるんですよ。

直近では、2026年4月の技術書典20で、DATUM STUDIOとちゅらデータのエンジニア有志による合同誌『dbtとそれにまつわる技術について語ろうじゃないか』を頒布しました。入門書ではなく、現場でdbtを使う中で「これは面白い」「知っておいてほしい」と感じたテーマをアラカルト形式で詰め込んだ一冊です。会社の垣根を越えて、現場の知見を持ち寄れたのは楽しい経験でした。

社内でも「書いてみない?」とメンバーを誘うことがあります。声をかけるのは、技術的に深く、アウトプットの様子から「この人なら書けそうだ」とイメージできる人ですね。

Webからデータへ。ブルーオーシャンを探して

ちゅらデータに入る前、Webエンジニアからのスキルチェンジを考えていました。Webの分野は飽和してきていて、ブルーオーシャンに引っ越したかったんです。当時は機械学習が盛り上がっていて、AI系に行きたいという漠然とした思いもありました。

そんなとき、長年お世話になっている編集者の方との世間話の中で、「データエンジニアという職種がある」と知りました。データサイエンティストとエンジニアの間をつなぐポジションで、ここならブルーオーシャンだと。その紹介で弊社CTO菱沼と面談する機会を得て、当時企画していたプロジェクトを一緒にやろうと誘ってもらったのが、入社の決め手の一つになりました。

40代後半での未経験領域への挑戦に、不安がなかったと言えば嘘になります。ただ、そこはかとない自信はありました(笑)。クラウドやプログラミングのスキルはWeb時代のものが応用できますし、データエンジニアリングの知識は、入社後に実務の中で積み上げていきました。実戦に勝る学習法はないと、改めて感じています。

「推測するな、計測せよ」——停滞したギルドの立て直し

入社後しばらくしてから、データエンジニアギルドのギルドマスターに立候補しました。最初は活性化の仕方に悩み、一時期は停滞してしまった時期もあったんです。自由参加のスタイルだったので、どうしても尻すぼみになってしまう。

転機になったのは、前職の同期に相談したときの一言でした。

「推測するな、計測せよ」

エンジニア向けの格言ですが、これをギルド運営にも当てはめてみようと思ったんです。自分があれこれ推測するのではなく、メンバーが何をやりたいのかを直接計測する。上からの指示ではなく、みんながどうありたいかを汲み取って、活動に反映していく方式に変えました。

そこから生まれたのが「分科会」です。データエンジニアリングの技術をギルドメンバーに広める開発分科会、ブログや執筆を担う広報分科会など。さらに、運営の裏方を担うギルド運営分科会も作り、分科会ごとにリーダーを置きました。一人で引っ張ると燃え尽きてしまうので、活動を多くの人に委ねて、長続きする仕組みにしたんです。おかげで、今では社内でも一、二を争うほど活発なギルドになりました。

(データエンジニアギルドの定例 ”美っていいとも!”の様子)
(データエンジニアギルドの定例 ”美っていいとも!”の様子)

時間的な無理はしても、精神的な無理は絶対にしない

ちゅらデータを選んだ理由の一つは、働き方でした。リモート希望で、働ける時間に限りがあることを正直に伝えても、「大丈夫」と受け止めてもらえました。CEO自身が子育てしながら仕事もしている、というのも背中を押してくれました。働くうえで大事にしているのは、「時間的な無理は多少しても、精神的な無理は絶対にしない」ということ。そして、シニアとして若いメンバーの仕事を奪わずに、安心して任せること。ちゅらデータやDATUM STUDIOには優秀な若手が多いので、ようやくそういう気持ちを持てるようになりました。

自分の技術に、線を引かない人と

ちゅらデータの良さは、CEOやCTOを中心とした、何でも話しやすい雰囲気です。Slackの会話量の多さは、他ではなかなか見たことがありません。CEOは、相手の言うことを絶対に否定せず、まず受け止めてから話を進める方で、その姿勢が社員同士のコミュニケーションにも表れていると思います。特定の技術に縛られず、 Snowflake も BigQuery も Databricks  も、状況に応じて選べる自由さは、技術者にとって嬉しいところです。

一緒に働きたいのは、自分の技術の範囲に線を引かない人。今はデータエンジニアとして働いていなくても、データエンジニアリングに興味があれば職種を変えてでも飛び込んでほしいです。クラウドやプログラミングの経験は、必ず活きてきますから。

最後に

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ちゅらデータには、さまざまな業界で挑戦を重ねてきたメンバーが集まり、難易度の高いことに果敢に挑み続けています。やる気を出した分だけ成果を感じられ、やりたいことは自ら提案して推進していける環境です。

新しい領域へ一歩踏み出してみたい方、自分の技術に線を引かずに広げていきたい方、ぜひ一度カジュアルにお話ししましょう。

この記事は、AI文章校正ツール「ちゅらいと」で校正されています

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